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北パブコラム(第2回):痴漢事件の弁護活動

1 はじめに
 
「止めてください!」
 
「触ってないですよ!」
 
満員電車の中で,このようなやりとりを見聞きしたことがありませんか。
『それでも僕はやっていない』という映画があるように,残念ながら,痴漢は身近な犯罪となっています。
今回は,この痴漢事件について,お話ししたいと思います。
2 痴漢事件の法律
 
痴漢は犯罪です。
ただ,法律上,痴漢罪というものがあるわけではありません。
通常,痴漢といわれるものには,刑法上の強制わいせつ罪(刑法176条:6月以上10年以下の懲役)と各都道府県が定める条例違反(いわゆる迷惑防止条例。東京都の場合:6月以下の懲役・50万円以下の罰金)という2つの法律に分かれます。
大ざっぱに言ってしまいますと,犯行の態様が悪質であれば,強制わいせつ罪,それほどでなければ,迷惑防止条例違反が適用されることになります。
3 痴漢事件の弁護について
(1)はじめに
痴漢事件が通常の刑事事件と異なるわけではないので,弁護人としては,逮捕・勾留されてしまった際には解放してもらえるよう努力をしたり,ご家族との連絡を引き受けたりといった基本的な活動をしていくことになります。
これに加えて,弁護人が痴漢事件の弁護活動としてどのようなことを行うか,本当に痴漢をしてしまった場合と,痴漢をしていないのにもかかわらず痴漢と間違われてしまった場合の2つに分けてお話しします。
(2)本当に痴漢をしてしまった場合
ア 慰謝の措置・・・示談活動
当然のことですが,本当に痴漢をしてしまったのであれば,被害者の方に謝罪し,与えてしまった損害を賠償するということが何よりも大切です。
被害者の方は,精神的に大きなショックを受けていることがほとんどです。
そのようなショックは金銭的な賠償で簡単に癒えるものではありませんが,慰謝の措置としては金銭的な賠償しかできないというのも現実です。
ところが,いざ慰謝のための行動をしようと思っても,勾留されていれば自分ではできませんし,被害者の方も加害者とは二度と会いたくないというのが通常です。
そのため,弁護人は,勾留された被疑者・被告人に代わって,被害者の方に対する謝罪と損害賠償を行っていくことになります。
 
その際には,弁護人は,被害者の方の心情に配慮し,誠心誠意示談活動を行うべきと考えます。私も,「2次被害を起こさないように」ということを常に心がけています。
被害者のいる犯罪では,被害者の方のためにどれだけのことをしたかが,刑事処分を決める際に非常に重要な判断資料となります。
被害者の方のことを考えて示談活動をすることは,一見,加害者側の弁護士なのに被害者側に立っているのではないかと思えるかもしれませんが,被害者に慰謝の措置をとることは,結果として,被疑者・被告人のために活動することになるのです。
イ 痴漢事件を犯してしまったら
このように,痴漢事件において(他の事件でも同様ですが)示談活動というのは極めて重要です。もし痴漢事件を犯してしまった場合には,すぐに弁護士に依頼し,速やかに示談活動を行うことをお勧めします(示談が間に合わず結果起訴されてしまった場合であっても,その後示談することは重要です。示談をしたということが裁判の中で重要な情状事実となるからです)。
(3)痴漢に間違われてしまった場合
ア はじめに
「それでも僕はやっていない」もそうですが,痴漢事件はえん罪が多いと言われています。これには理由が色々とあると思いますが,満員電車の特質上,被害者自身も犯行を目撃していない,目撃者や,客観証拠も少ないということによるものと考えられます。
そんな中,もし,痴漢に間違われてしまったら,どうすればいいのでしょうか。
 
イ 捜査段階:虚偽の自白をしないこと
捜査段階において何よりも重要なことは,虚偽の自白をしないということです。否認をしていると,捜査官は色々な手で揺さぶってきます。
しかし,一度自白をしてしまうと,それが虚偽であったとしても,後で覆すことはとても困難です。
特に,人質司法という言葉のとおり,日本では否認すると身体を拘束され,保釈もなかなか認められないということがあります。そのため,(職場との関係などから)長期間の身体拘束を避けるために虚偽の自白をするという事態が生じてしまいます。これは明らかにおかしなことです。
したがって,このような場合,弁護人の活動としては,身に覚えのない疑いをかけられてしまった被疑者・被告人に適切なアドバイスを行い,虚偽自白をしないよう支えていくことになります。
 
また,最近の裁判所は,痴漢事件の場合,適切な弁護活動を行うことにより,否認していても勾留しないということも多くなってきました。何もしなければ解放の確率も低くなります。弁護人による早期の弁護活動がきわめて重要だといえます。
ウ 公判段階
残念ながら起訴されてしまった場合は,弁護人は,無罪判決を得るために,裁判で争うことになります。
被害者や目撃者とされる人の言い分を調書で確認し,その内容が正しいかを吟味します。その際,当時の混雑状況等を再現する実験を行うこともあります。
 
また,先ほど客観証拠が少ないと言いましたが,近時は,繊維鑑定やDNA鑑定が証拠として提出されることがあります。これらは,逮捕直後に被疑者の手の指の付着物を採取し,被害者とされる人の下着の繊維,被害者とされる人と同じDNA型の皮膚片等があるかを確認するものです。
これらは一見,科学的客観的な証拠であり,間違いがないかのようにも思えます。
しかし,そこに落とし穴があります。
実際に提出されている証拠を子細に検討すると,実は,何ら科学的ではないことがわかることもあるのです。実際,私が扱った事件の中にも,判決において,証拠としての価値はそれほど高いものではないとされたこともあります。
ですので,弁護人は,DNA鑑定なども含めて,本当に信頼できる証拠なのか子細に検討しながら,被疑者・被告人のために弁護活動を行っていくことになります。
4 おわりに
このように,痴漢事件は,身近な犯罪でありながら,実は非常に難しい類型の一つだと思います。
しかし,刑事弁護の基本を丁寧に実践していくことにより,事態が打開することも多いです。
そのため,もし,何らかの形で痴漢事件に関わってしまったら,信頼できる弁護士を弁護人として早急に依頼することをお勧めします。
弁護士 岡田浩志

2011年4月7日 5:11 PM  カテゴリー: コラム

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北パブコラム(第1回):市井の人たちの裁判員裁判

裁判員が法廷にいる。
このことが,こんなに心強いこととは思いませんでした。
 
私が担当した裁判員裁判は,とても変わった経緯から起こってしまった事件でした。
普通の経験と常識を持つ人であれば,到底信じないような話を信じ込んでしまった結果,犯してしまった事件でした。
依頼者は,いわゆる「依存性パーソナリティ障害」にかかっており,その強い影響から共犯者の言うことに従い,引きずられてしまったのです。共犯者が作った架空の世界の中に閉じこめられてしまっていました。
ですが,その架空の世界は,第三者から見ると,信じるにはあまりにも不可思議なものでした。
「嘘をついているのではないか?」
「他人(共犯者)のせいにしているのではないか?」
様々な疑問が,裁判員の皆さんの頭に浮かんだのではないかと思います。
その一方で,
「他人のせいにするにしては,あまりにも常識外れの言い訳ではないか?」
そのようにも考えたのではないかと思います。
 
裁判では,パーソナリティ障害の権威といわれている医師が証人として出廷しました。
「そもそも『人の心』は,そんな合理的なものではない」
裁判員からの質問に対して医師はそう証言しました。
 
これまでの裁判では「合理的な人間像」が設定されていたように思います。
その「合理的な人間」が,問題とされた場面でとるであろう行動と,実際に証言された内容とが対比され,証言が信用できるかどうか,ということが判断されてきました。
そうしなければ,裁判官個々人の価値観に判断が左右されることになってしまって,おかしなことになってしまう,そう考えられてきたように思います。
もちろん,不合理なものを不合理なものとして,そのままに受け止めてもらったとしても,刑事責任が軽くなるとは限りません。
ですが,いかに不合理なことであったとしても,それが依頼者の思いならば,それが依頼者の真実なのであれば,それをそのまま法廷に届けるのが弁護人の仕事の一つです。
それが,「嘘」だと決めつけられてしまった人は,どういう思いを抱くでしょうか。そういう思いを依頼者にさせたくはありません。
 
裁判員の方々は,私の想像をはるかに超えて真剣に取り組んでおられました。依頼者の言葉を「嘘」と決めつけることなく,合理的な人間であるべきという偏見にとらわれることなく,法廷での証言,検察官・弁護人の主張,その全てについて耳を傾け,真剣に受け止め,皆さんがそれぞれもっておられる常識にしたがって判断を下されました。
そんな「市井の人たち」が,真剣に取り組む裁判員裁判に,私は刑事司法の未来を強く感じました。
 
弁護士 髙橋 俊彦

2011年1月24日 5:04 PM  カテゴリー: コラム

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